「きょうの料理」をはじめ、テレビ出演や講演など多方面で活躍されている料理研究家、辰巳芳子さん。長年、命を支える食の大切さを説いてきました。特にスープには特別な想いを寄せています。現在鎌倉の自宅で開かれているスープ教室は常に満席。入会は数年待ちと言われています。そんな辰巳さんの提案で、先日ある夕食会が開かれました。
今回のキッチンリポートは特別編。7月21日に都内のホテルで行われた「辰巳芳子さんのスープを味わう夕食会」の模様をお伝えします。
夕食会は、辰巳さんのあいさつから始まりました。
「日本の病院食には、患者さんの病態にあわせた、病を耐え忍ぶことのできるスープが必要です。そういうスープが、病院で作られるきっかけを作りたい。病床の父の枕元で考えたことです。病院の組織を動かすのは難しい。でもその気になれば、できないことではないと思います。」
「いのちのスープ」とよばれる辰巳さんのスープ。それは、独自の調理法で素材のおいしさを引き出した優しい味。どんなに食欲がなく体の弱った人にも力を与えてくれます。このスープの数々は、脳梗塞で食べ物が飲み込みにくくなったお父さんのために、8年間毎日スープを作り、病院へ届けた体験が元になっています。飲みやすく栄養があることは勿論、病室から出られないお父さんのために季節感も演出しました。辰巳さんのお父さんは毎日届けられるスープを心待ちにしていたそうです。一杯のスープが、病に苦しむ人を救ってくれる。そう確信した辰巳さんは、スープの研究に心血を注ぎ、病院や家庭でスープを積極的に取り入れた食生活を提案します。
そして昨年、高知の病院で、辰巳さんが切望していた病院でのスープサービスが実現しました。600名の患者さんに、それぞれの病態に合わせた4種類のスープを提供することができたのです。その活動は現在も継続的にすすめられています。
この動きを知ってもらう活動の第一歩として催されたのが、この夕食会です。辰巳さんのスープとその精神を学ぼうと、医療関係者、栄養士の方など約60名が集まりました。
会場の中央には、この日出されるスープの材料とレシピが展示されていました。参加者は写真を撮ったり、メモをしたりと真剣です。メニューは辰巳さん考案の7種類のスープと、辰巳さんの活動をサポートしている、ホテルメトロポリタンエドモント名誉総料理長、中村勝宏さんの特別料理。一品一品、調理のポイントや、栄養について詳しく説明して下さいました。
すべてのスープが大変に手間隙をかけたものでした。例えば一品目に出されたトマトジュース。ただミキサーにかけたのではなく、トマトやたまねぎ、セロリなどを煮て、丁寧に裏ごししたものです。またクレソンのポタージュは、繊維の多い青菜を摂りづらい高齢者のために考案されたもの。それぞれのスープに意味があり、辰巳さんの想いが込められています。「昔のトマトの味がする。」「舌に刻み付けて帰らなくては。」参加者は皆目を細め、その優しい味に浸っていました。
スープの説明をしながら、辰巳さんは次々に新しい提案をしていきます。
「良い日本茶はスープのひとつです。看護師さんは良い煎茶を入れて、『よく眠れましたか?』と病室を回れる人であって欲しい。」「おかゆやおじやは立派なポタージュです。いいおかゆを提供できれば、スープに変わる日本的なサービスができると思う。」その言葉のひとつひとつに、“病に苦しむ人のために”という辰巳さんの願いが感じられました。
夕食会終了後は、直接お話を聞こうと、辰巳さんの前に長蛇の列が。朝から準備を進め、お疲れにもかかわらず、辰巳さんは一人一人丁寧に対応されていました。
「心が温かくなる味でした。」「病気の母に食べさせたい。」参加者のみなさんにお話をうかがうと、返ってくるのは感動の声ばかり。
「今日は絶対仕事に活かそうと決心してきたんですよ。」と言うのは産婦人科勤務の女性。「最近妊婦さんの体力が落ちてきているように感じます。その原因は食事にあるのではと思いました。今日教えていただいたスープを産後に飲んでもらえたらと考えています。いただいた辰巳さんのサインを飾って実現に向けて頑張ります!」
辰巳さんの活動はこれからも続きます。一杯のスープのもつ力、そこに込める願いを一人でも多くの人に伝え、スープサービスをより広めるために。